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にゃんぱく宣言 画像 コラム

完全室内飼育への、とても長い道のり(前編)

猫の画像

外で危険な目に遭うことがないように、
車にひかれるなどの事故で、命を落とさないために、

愛猫を屋外に出さず、家の中で過ごさせる「完全室内飼育」という飼い方。

現状、動物愛護法の中には定められていませんが、
最近では多くの自治体や愛護団体が「飼い主の努力義務」として推奨しています。

愛猫の安全を守るためにも完全室内飼育を、
という方向性そのものは間違っていません。

しかし、猫がいる全家庭に向かって
「義務だから」と強く推し進めることに、果たしてどこまでの効果があるのか。

猫の完全室内飼育を考えるにあたっては、
そこに至るまでの課題をしっかり見つめる必要があると、私は思っています。

◆周知につながった「にゃんぱく宣言」

家庭猫に完全室内飼育を求める声は、

猫の保護頭数が多い都市部の保護団体、
愛護団体を中心に広がっていきました。

いつから、という明確な時期は分かりませんが、

保護猫を迎え入れる家庭の増加にあわせて、徐々に認知が高まっていったことが想像できます。

完全室内飼育を、保護猫譲渡の条件に定めている団体も多く、

行方不明や事故など、外に出してしまうことで起きるトラブルを未然に防ぐためには、欠かせない項目と考えられてきました。

そして、この提唱が一般に知られるきっかけとなったのは、

2019年に公益財団法人日本動物愛護協会が公開した、

猫の適正飼育を訴える「にゃんぱく宣言」というキャンペーン広告です。
にゃんぱく宣言 画像

出典:公益財団法人 日本動物愛護協会

さだまさしさんの歌にのせて、

家庭にいる猫たちが映る様子もSNSで話題となりましたね。

この広告は、猫と暮らす人間のモラル低下が、

不幸な猫を増やす危惧につながることを周知させる効果にもつながっています。

直接的な言い方に変えれば、

日本動物愛護協会が「窓の外に出してはいけない」と呼びかけている。

この事実が世間に与えた影響は少なくなかった、ということでしょうか。

◆1日950頭以上の猫が「ロードキル」に

完全室内飼育を奨めることには、いくつもの理由や背景があります。
中でも最も大きなものが、ロードキル(交通事故による轢死)の増加です。

人と動物の共生センターが2017年に実施した
「全国ロードキル調査報告」によると、

野外で車に轢かれて亡くなった猫の数は、
年間で約34万8000頭と推計されています。

この数、同年における猫殺処分数の約10倍という多さです。
猫の安全

いつも遊びに行く場所や横切る道路などに、何もなければいいのですが、

愛猫の安全が守られる環境は、どこにもありません。

車が通るタイミングを見誤るだけでなく、

他の猫や生き物、そして人間の姿に驚いて、無意識に車道へと飛び出してしまうこともあります。

通りかかった車に轢かれる、はねられるという悲しい事故によって、

失われる猫の命は、全国で1日に950頭以上。

愛猫が外に出てさえいなければ、この犠牲はなかったはずです。

◆ケガ、感染症、犯罪のリスク

猫を外に出すことには、ロードキル以外の危険もあります。

なわばり意識が強い生き物とはいえ、自分が気をつけていても、

外にいることでトラブルに遭遇する可能性は、決して少なくありません。

最も多いのが、ケンカによるケガや、噛み傷による病気の感染です。

ある程度の感染症については、ワクチン接種で防げます。

しかし猫エイズウイルス(FIV)や猫白血病ウイルス(FeLV)は、

多くの家庭猫が接種しているコアワクチン(3種ワクチン)に含まれていません。

予防には、種類を増やした混合ワクチン、あるいは単体での接種が必要です。

ワクチン接種の種類が増えることで、

体質によっては副作用の心配も大きくなります。

しかし接種を行わず、FIVやFeLVに感染して発症となれば、

現在の獣医学では治癒が厳しくなり、家族にとっては後悔を生みかねません。

ならば外に出さず、コアワクチンだけで済む生活にしたほうが、

リスクも負担も減ることになりますよね。

他にも、虐待や連れ去りといった犯罪に巻き込まれるケースもあります。

動物愛護法の改正で、加害者への罰則こそ少し強化されたとはいえ、

命が奪われた、あるいは傷つけられた愛猫に対する十分な補償となれば、まだ現実的ではないでしょう。

逆に「愛猫を外に出した飼い主が悪い」と、

自己責任の欠如を問われる声も、あるかもしれません。

愛猫にスマホや防犯ブザーを持たせるわけにはいかず、

現状では防ぎようのないリスクがはらんでいることを、考えなければならない。

これが、完全室内飼育を奨める声の根底にある、大きな理由ではないかと思います。

◆衛生面の影響もさまざま

外に出て、用を足す。住民は残った糞尿に迷惑する。

これもまた、猫の外飼いによる弊害といえなくはありません。

すべての猫がそうである、とはいいませんが、

外に出す時間が長ければ、トイレも外で……と考えるのが自然です。

全国の各自治体では、ホームページ内で

猫の適正飼育、適正管理をお願いする項目を設けているところも多くあります。

中身を読んでいると、トラブルの原因を説明する内容で圧倒的に多いのは、

「他所の家の庭に入り込んで、おしっこやうんちをして困る」という類いです。

場合によっては、地域を巻き込むトラブルに発展することも多いといいます。

猫を飼っている側の人間に反省の色があまり見られず、

揉めごとを大きくしているケースも目につくのは、ちょっと気になりますね……

もう1つ、外から帰ってきた猫は、

肉球や被毛などの付着物も、家の中に持ち込んでくることになります。

足の裏を拭くとか、定期的にシャンプーなどで被毛をきれいにするとか、

手入れが万全なら問題ありません。

しかし、猫に対してそこまでのケアができている家庭は、

おそらく少数派だと思います。

愛猫が外で、どんな過ごし方をしているかは把握しにくいものです。

リビングに戻ってきた愛猫の被毛や肉球のすき間に、

ノミやダニといった寄生虫が紛れているかもしれないと考えると、

家の中の衛生環境も心配になるところですね。

昼寝の猫

愛猫の命を守るだけでなく、周辺に迷惑を掛けないためにも、

完全室内飼育の必要性が、いろんなケースからお分かりいただけたかと思います。

日常的に屋外へ出ている猫は、完全室内飼育の猫よりも

平均寿命が2年半程度短いというデータもあり、

事故だけではないリスクの影響も大きいと考えられるでしょう。

ならば即座に、

すべての家庭猫を完全室内飼育にすれば良いではないか。

と、言うのは簡単ですが、

実現のためにクリアすべきハードルは多数あります。

さらに、大げさな表現となりますが、我々が生まれる前から続いてきた、

人間と猫の共生文化そのものを見直していく覚悟も必要ではないかと、私は思うのです。

その実現に向けた、最初のプロセスとなるのは、

「完全室内飼育に消極的な人たち」への歩み寄りとなるでしょうか。

以下、次回に続きます。

松尾 猛之(まつお たけし)

ねこライフ手帳製作委員会委員長。1級愛玩動物飼養管理士。
webライター、ペット用品メーカー勤務などを経て、2019年2月に愛猫のための生涯使用型手帳「ねこライフ手帳 ベーシック」を発売。手帳の普及を通じて、人間が動物との暮らし方を自発的に考えていくペットライフの形を提案している。自宅では個性的な保護猫3頭に振り回される毎日。