「猫よけペットボトル」の持つ意味と奥深さ
家の壁沿いや電柱の周りに、水の入った大きなペットボトルが並ぶ光景。
皆さんも街中で、たくさん目にされていることでしょう。
「猫を近寄らせないようにするため」という目的は理解できますが、ペットボトルの効果を実感した、という例は、いったいどれくらいあるのでしょうか。
「屋外にペットボトルを置けば、猫が来なくなる」という噂は、どこから広まったのか。
なぜ「水の入ったペットボトルが、猫よけになる」という俗説が広まり、至るところで実践されているのか。
調べていくうちに、外にペットボトルを並べる行為が一般的になるまでの経緯や変遷、そして、ペットボトルに込められた「猫よけ以外の意図」など、この光景が持つ意味、そして奥深さを知ることになったのです。
◆発端は、カリスマ庭師の「ウソ」だった
猫よけペットボトルの、最も有力な起源とされているのは、1980年代のニュージーランドで起きたエピソードです。
俗説の張本人は、国内で絶大な人気を誇るガーデナー(庭師)として知られていた、エイオン・スカロウさん(1931-2013)。
作家やDJとしても活躍し、メディアにも多数出演していたスカロウさんが、ラジオ番組でこんな発言をしました。
「犬が庭の芝生に入ってきて、オシッコやウンチをして困っている人に、とっておきの方法がある。水を入れたペットボトルを転がせておけばいい」
この放送を聴いていたリスナーは、カリスマ庭師の言葉をさっそく実践することに。
ニュージーランド国内では「野良犬が庭に入ってこないための、画期的な対策」と大きな評判を呼び、放送日以降、自宅の庭に水入りのペットボトルを置く家庭が急増したといいます。
しかし、この発言が放送されたのは、4月1日。
なんとスカロウさんは、エイプリルフールのジョークで、根拠のないアドバイスを言ったに過ぎなかったのです。
それでも、当時カリスマ的存在だったスカロウさんの発言力は重く、エイプリルフールなど忘れて多くの国民が真に受け、噂はあっという間に広がってしまったのだとか。
当時、この手段に効果が見られたのか、スカロウさん本人から発言についての釈明があったのかなど、後日談についてはよく分かっていません。
しかし、ペットボトルが犬よけになるという「ウソのアドバイス」だけは、ひとり歩きする形で海を越え、オーストラリアや欧米などを中心に、世界各国へと広まっていったそうです。
そして、外にいる猫が多い国では、「犬がよけられるなら、猫よけにも有効だ」という自然発生的な解釈も生まれたことで、現在の猫よけペットボトルに発展したのではないか、と推測されています。
よって、先に書いておきますが、
太陽による光の反射や、ボトルに自分の姿を映して驚かせるといった、水入りのペットボトルを置く効果については、どれも「後からのこじつけ」ということになります。
◆日本だけ、この風習が残った理由を考える
猫よけ(犬よけ)ペットボトルの話が、いつ日本に上陸、伝播したかについては、定かではありません。
ただ、この光景が現在でも残っている国は、調べた限り、どうやら日本だけのようです。
他の国では、しばらくして「効果がない」と見切られ、外に並ぶペットボトルの数は自然に少なくなっていったそうですが、日本だけはなぜか、この習慣が残り続けたのです。
その理由を、私なりにいろいろ考えてみたのですが、
日本では1980年代後半以降、ファミリーサイズ(大容量)の清涼飲料水が、ガラス瓶からペットボトルに切り替わり、昔からどの家庭も手に入れやすい状況にあったこと。
古くから農家においては、かかしなどの動物よけが一般的に使われており、ペットボトルで動物を遠ざけるという発想に対して、それほどの違和感を持たれなかったこと。
当時は猫だけでなく、野犬の姿もよく見られた時代で、地域によっては咬傷など事故件数も多かったことからの、防犯的な観点。
日本のペットボトルは、製造開始当初からほとんどが無色透明で(現在は100%)、品質も非常に高いことから、実際に猫犬よけの効果を期待する人、あるいは実際、効果につながっていると錯覚する人が減ることなく、現在に至っていること。
といったような推測が立ちます。
あと忘れてはならないのが、1980年代後半の日本は、毎年100万頭以上もの猫や犬が保護されていた時代だったこと。
外を放浪せざるを得ない動物に対して、危害を加えられないようにという、人間の自衛策。
効果は分からないけれど、何もやらないよりはマシだという、いわば魔除けに近いような感覚でペットボトルを置く世帯も、多かったかもしれません。
◆衛生上の問題に、火災の危険も
誰の迷惑にもなっていないのなら、そのまま置き続けていいじゃないか、とも思えますが、
近年では、周辺の迷惑にもなりかねないペットボトルの置き方、さらには長年放置されたままによる影響についても問題視されています。
凹んだボトル、汚れた水……
何のために置いているのか分からない上に、衛生面や美観を損ねるデメリットにもなりますが、最も危険なのは、「火災の原因となる可能性」があることです。
季節を問わず日差しの強い日に、ペットボトルの水がレンズの役割を果たして光を集め、近くにある可燃物を燃やしてしまう(収れん現象)ことがあると、各自治体のホームページなどでも注意を呼びかける記載が多く見られています。
ゴミ置き場にペットボトルが並んでいることもよくありますが、新聞や雑誌、段ボールなどが近くにあるような場所だと、日当たり次第では思わぬ危険も考えられます。
◆ペットボトルを置く人の心中を聞く
以前に私は、自宅の玄関前にペットボトルを並べている知人に、
「なぜ、ペットボトルを置いているのですか?」と、ストレートに聞いたことがあります。
すると、原因は2つあるという答えが返ってきました。
玄関にある花壇に、猫がおしっこをするから。
玄関の近くにある電柱に、犬のオシッコやウンチが残って大変だから。
花壇におしっこをする猫については、ペットボトルを並べて、物理的に守ろうとする気持ちは分からなくありません。
問題は、電柱にオシッコをする犬の件です。
これは犬が悪いのではなく、電柱で愛犬が催した後の処理をしなかった、飼い主のマナー違反に非があります。
毎日のように汚れている時もあったので、電柱の周りにペットボトルを置いて、ここにとどまらせないようにするしかなかった、と、知人は言います。
他にも、外猫に餌付けをする人が近所にいて、こっちまで来ないようにしたいから、もともと猫が苦手だからなど、自衛の意味で置いているケースも少なくないようです。
ただ、猫や犬を遠ざけたり、懲らしめたりするのではなく、
自宅周りの環境を守るため、さらには、公共のマナーを守れない人間に対しての、無言のメッセージにもなっていることを知り、
これまで「意味がない」と穿った見方しかしてこなかった私も、ペットボトルに込められた、さまざまな意図を感じ取ることができた思いです。
◆この光景を、真剣に考えてみる価値がある。
今ではおそらく日本だけに残る「猫よけのペットボトル」については、
外に並べたい気持ちは理解しても、そろそろ在り方を考えなければいけない気がするのも、事実です。
路上や電柱の周りにペットボトルを置いたり、ひもで縛ったりする行為については、厳密にいえば法に触れる行為(道路交通法など)となります。
ただ、外にいる猫の問題を、根本的に解決できる方向性が見つからない限り、猫よけペットボトルという「対症療法」は、今後も続いていくのかもしれません。
「猫が好きな人も、嫌いな人も共生できる社会」という、大きな理想の実現を目指す上では、日本独自の風習となり、長い年月にわたって実践されている、猫よけペットボトルが持つ意味と意義を、一度フラットな目で、真剣に考えてみる価値があるのではないかと、私は思うのです。
松尾 猛之(まつお たけし)
ねこライフ手帳製作委員会委員長。1級愛玩動物飼養管理士。
webライター、ペット用品メーカー勤務などを経て、2019年2月に愛猫のための生涯使用型手帳「ねこライフ手帳 ベーシック」を発売。手帳の普及を通じて、人間が動物との暮らし方を自発的に考えていくペットライフの形を提案している。自宅では個性的な保護猫3頭に振り回される毎日。