コラム:今日も、猫に学ぶ。(6)

猫の画像 コラム

たぶん神様が送り込んだ三毛猫

猫の画像
3年前の秋。
本当ならその頃、私は所用で新潟にいるはずでした。

しかし数日前から、大型で強い台風が日本列島に接近しており、
運悪く滞在予定だった土日をめがけて、新潟を直撃する進路に。

当時は月~金で働く会社員、それも典型的な中間管理職だった私。
日曜日中に帰ってこられないと、いろんな意味で困ります。
よってやむなく、新幹線とホテルの予約をキャンセルし、自宅で週末を迎えることにしたのです。

土曜日。
まだ晴れていたこともあって、妻と2人で近所の公園へウォーキングに出かけた、その時でした。

◆臆せずにひざの上へ。そこで途切れた記憶

いつも通る草むらの奥に、小さな三毛猫。

「多いなぁ、このへん」

身を隠しやすく、車も通らないことから、外猫を数多く見かける場所。
こちらと目が合えば、すぐどこかへ逃げていくのが、これまでの反応でした。

この猫も、逃げるんだろうな……

と思っていたら、

なぜかその三毛猫、「うー、うー」と高い声で唸りながら、こちらへやってきます。

ゆっくりゆっくり、距離を詰めて……私がしゃがんだその瞬間、すぐさま膝の上へ。

―――― 私の記憶は、ここで途切れました。
画像 三毛猫

◆私は「飼います」と即答したらしい

三毛猫は自宅へと迎え入れられ、ケージの中で、ごはんをガツガツ食べている。
これが、再び気がついた後に目にした、最初の光景です。

断っておきますが、決してこのコラムをSFっぽく仕上げるための、演出ではありません。
三毛猫がひざの上に乗った後の記憶を、私は今も呼び起こせないままでいます。

以下はすべて、妻の証言によるものです。

ひざの上に乗った三毛猫の姿に、私は心を奪われ、
「逃げないように抱っこしてて」と妻に託し、走って自宅に戻り、キャリーバッグなどいろんなものを手に、再び猫のもとへ。

水と「ちゅーる」を器に入れ、混ぜたものを差し出すと、三毛猫はジャブジャブと飲んでノドを潤しました。

水分と栄養を補給した上で、そのまま動物病院へ。
私は受付で、拾ってきた猫であることを説明します。

「飼われますか?」という受付の人の言葉に、
私はすぐ、「飼います」と返事したのだとか。

診察の結果、悪い健康状態ではないことが分かり、
ワクチン接種は後日にしましょうと話がついて、帰宅。

帰ってきた後、先住猫とは違う部屋のケージに入れ、慌てて専用のトイレと晩ごはんを用意。

三毛猫がガツガツとごはんを食べている様子を、じっと見つめる私……

……ここでようやく、記憶が戻ります。本当です。
コラム用画像

◆三毛猫が受けた「神様からの指示」

なぜあの時、三毛猫は物怖じもせず、私に向かって近づいてきたのだろう。

そしてなぜ私は、あの場にいた三毛猫に心を揺さぶられ、衝動的に自分の家族にする決断をしたのだろう。

我が家に家族がひとり増えたことで、
いろんな人から「なんで拾ったの?」と、経緯をよく聞かれます。
でも私、何も覚えていないので「わからない」としか、答えようがありませんでした。

しかし、それを聞いた愛猫家の皆さんが、口を揃えて言うのです。

「それ、猫の神様の仕業だよ」

猫の神様というワードは、
科学的な実証ができない時、辻褄を合わせるために使う言葉なのかもしれません。

でも、猫という生き物の不思議に関しては、
本当に神様が介在しているのではと感じることが、よくあるのです。

……またここから、大まじめに書きます。

どうやら、この小さな三毛猫は、
我々人間の知らない世界にいる「猫の神」からの指示を受けて、
あの草むらで我々を、いや、私を待っていたのでしょう。

神様は、三毛猫にこのような耳打ちをしました。

今から、オマエのことを拾ってくれそうな人間が来る。
2人でやって来るが、気弱そうな男だけに目を向けろ。

男と目が合ったら、ゆっくり寄って行け。
男はしゃがんで目を合わせてくるから、ひざの上に乗れ。

乗ったら、ずっと鳴き続けろ。絶対に降りるな。
そのまま時間が経てば、オマエは水と美味しいものを口にできる。

でも、それで満足するんじゃない。
男はだんだん、オマエを見捨てることができなくなり、
自分の家に連れて帰りたい、という気持ちが芽生えていくはずだ。

一緒にいる女と、あれこれ話し合う時間もあるが、
オマエは逃げることなく、男の顔を見つめながら、ずっと鳴いていればいい。

しばらくすれば、オマエはちょっと窮屈なケースの中に入れられる。
病院という所にも連れて行かれるが、少しガマンして、大人しくしていなさい。

それが終われば、何の危険もない場所で、
水にもごはんにも困らず、オマエは安心して暮らすことができるぞ。

……あぁ、そうだ。1つ、言い忘れていた。

万が一、気持ちが急に変わったりしないよう、
オマエがひざの上に乗った瞬間、

私が、あの男の記憶を数時間分消しておく。心配するな。

◆すべては、命をつなぐため

私の記憶が消えている間に、
この三毛猫は妻に「胡桃(くるみ)」と命名され、我が家族となりました。

「性別はメス。年齢は7歳ぐらいかな。けっこう長い間、外で頑張っていたかもしれないね」という、獣医師の見立てだったそうです(この辺も私、覚えていないので)。

目ヤニがひどく、顔も耳も傷だらけ。
左の犬歯など数本が抜けて、相当な数、猫とケンカしてきた跡が見えます。

人間も敵だと思って警戒しても、おかしくない風貌でしたが、
なぜか私には甘えてきたのが、今でも不思議でなりません。

かなりやせ細っていたので、もし抱き上げることなく去っていたなら、
早かれ遅かれ、命が尽きていたかもしれません。

胡桃に「生きたい」という気持ちがあっても、
外にいるばかりでは、自力で生きるにも限度があります。

だから「誰かいませんか?」と、神様に頼ったのでしょう。

三毛猫の胡桃は、神様が我が家に、半ば強引な形で送り込んできた猫。

非現実的とは分かっていても、この結論がいちばんしっくり来るのです。

最初に戻りますが、

そもそも台風が近づいていなければ、この話のすべてが「なかった」わけですから。

空模様、私の予定、拾った私の記憶……
いろんなものを神様の力でかき回し、
草むらの三毛猫は、今日も我が家でのびのびと暮らしています。

松尾 猛之(まつお たけし)

ねこライフ手帳製作委員会委員長。1級愛玩動物飼養管理士。
webライター、ペット用品メーカー勤務などを経て、2019年2月に愛猫のための生涯使用型手帳「ねこライフ手帳 ベーシック」を発売。手帳の普及を通じて、人間が動物との暮らし方を自発的に考えていくペットライフの形を提案している。自宅では個性的な保護猫3頭に振り回される毎日。​