Must read:室内飼育への、とても長い道のり(後編)

 全室内飼育への、とても長い道のり(後編)

正面の猫
前回は、家庭にいる猫を「完全室内飼育」とする必要性について、書かせていただきました。

愛猫を外に出さないことで、防げるリスクはたくさんあります。
命を守るための暮らし方でもあることから、この飼育法を推奨する声も各方面で聞かれるようになりました。

しかし一方では、完全室内飼育を受け入れられない人たちの思いも、無視することはできません。

いきなり「愛猫を家から出すな」と言われても困る、という人も少なくない。

その心中を理解するところから、
これは長い目と広い視野で考えるべきテーマのように、私には思えてきました。

◆猫が外に出るきっかけとなった「江戸幕府の法令」

今から約1400年前。
中国からの船で輸入した経典をネズミにかじられないよう、一緒に乗せられてきた猫が、日本におけるイエネコのルーツといわれています。

当時は貴族の間で可愛がられていた猫ですが、
普段は放し飼いではなく、綱につながれての飼育でした。

つまりネズミよけのような使役ではなく、
今のような愛玩動物としての存在だったことになります。
室内飼育 猫

もし、このまま現在まで時代が流れていたなら、
日本のイエネコは、誰もが認める完全室内飼育の家庭動物となっていたかもしれません。

しかし、猫飼育の歴史に大きな変化をもたらす出来事が、
江戸時代に入ってまもなくの頃に起こります。

それは「猫放し飼い令」。
1602年に京都所司代(幕府が京都に設置した部署)が発布した法令です。

人口が増えて町も繫栄した京都ですが、
同時にネズミによる害も深刻なものとなっていきました。

駆除できる手段はないものかと考えた末に、初代将軍・徳川家康によって発せられたのが、
「すべての猫を綱から解き、街中を歩かせよ」という主旨の法令でした。

幕府からのお達しなので、貴族たちがこれを守らないわけにはいきません。
発布以降、京の町では綱を解かれた猫がウロウロする姿を数多く見かけるようになり、ネズミの害も減ったのだとか。

これが後に、庶民も猫を飼える時代に変わっても、
「放し飼いで良い」という認識がずっと続いてきた要因とされています。

ちなみに当時は、
迷子になった、他の家に迷い込んで保護された、
犬に襲われた、大八車に轢かれた、など……

外での災難により、命を落としてしまった猫も多数いたといいます。
現在に通じる部分もあるなと感じますね。

◆頭ごなしの変化強要では、誰も幸せにならない

少なくとも昭和の時代においては、
ほとんどの家庭が、ためらうことなく猫を外に出していたと思います。

猫は自由気ままな生き物だから、基本は外で過ごさせて、
ごはんを食べにだけ帰ってくればいい、という感覚でしょうか。

そもそも、昔はキャットタワーなんてなかったですから、
屋根の上、塀の上、草むらなど、猫にとって居心地のいい場所は
家の外に多くあった時代といえます。

この事実だけでも分かるのが、

今、家庭で猫と暮らしている人たちのすべてに、
あらかじめ完全室内飼育の意識が備わっているわけではない、ということです。

そうなると、
昔から猫は外に出して飼うのが普通だ、と思っている人たちや、
「外でのびのびしているほうが、猫にはいいんだよ」と思っている人たちの考えを、頭ごなしに否定するだけでは、話が進んでいかない気がします。

毛づくろい猫

「獣医師から完全室内飼育にしなさいと言われて、その日から猫を外に出すのをやめたけれど、ずっと家の中にいるのがストレスになってしまい、かえって調子が悪くなってしまった」

というケースが、現実にあったそうです。
推奨される飼い方を守ったにもかかわらず、愛猫のためにならなかったというのです。

これでは、何のための啓蒙活動なのか分かりません。
言われた通りにしたのに、これでも悪いのは飼い主なのでしょうか。

当事者となる愛猫と飼い主、どちらにとっても、
それまでの日常がガラッと変わるわけですから、
外飼いから完全室内飼育に切り替えるというのは、そう簡単なことではないと想像できます。

「猫は屋内で飼いましょう」だけでなく、さらに言葉を足す必要性。

整えておくべき環境や、愛猫の健康管理、ストレスを軽減させる接し方など、
愛猫が24時間、家の中で安心して過ごせるための準備からフォローまで、同時に提案してこそ、完全室内飼育の普及に現実味が出るのではないでしょうか。

外の危険から守ることは、もちろん大切ですが、
家の中にいることの安全、安心もしっかり整えてこその「完全室内飼育」だと、少し視野を広げて考えるべきだと、私は思っています。

◆矛盾を生んではならない「地域猫の問題」

黒猫

正しい理想を掲げ、奨励するのは、悪いことではありません。

しかし完全室内飼育については、
「このようにしなさい」と頭ごなしに言うばかりではなく、
もっと広い心、長い目で考えるべき問題がたくさんありそうです。

たとえば、これは多くの人の頭に浮かんだことでしょう。
「地域猫はどうするんだ?」という疑問。

あくまで私個人の見解ですが、
地域猫は「複数の飼い主による、外飼い」だと思っています。

一般家庭には室内飼いを勧めておきながら、
命を守るためとはいえ、地域猫を特例として放置することは、矛盾になりますよね。

完全室内飼育の推奨には、外で危ない目に遭う猫を減らす、という最終目標があります。
そうなれば、同じ境遇にある地域猫についても、
その数を減らすための施策を取らないといけません。

まずは家庭猫をきちんと屋内で、という順番になるのでしょうが、
地域猫のことも、切り離して考えてはいけない問題と認識する必要がありそうです。

◆時間がかかるのではなく「かける覚悟」を

少々、表現に迷う書き方となりますが、
完全室内飼育を進めていくにあたっては、
猫と暮らしていない人たちだけでなく、
「それほど深い意識を持つことなく、猫と暮らしてきた人たち」との相互理解やコミュニケーションも、欠かすことができません。
外飼いでも構わない、という考えでずっと猫と暮らしてきた人たちに、
いきなり動物愛護の精神を持ち出し、分かってもらおうなんて、さすがに虫が良すぎる気もするのです。

歴史に学ぶ、といえば大げさですが、
猫に関しては、長年飼い方に対する多様性が認められてきたことを念頭に置いて、多くの人間による相互理解を備えながら、話を進めていくことが大切でしょう。

ご飯を食べる猫

400年以上前の「猫放し飼い令」から始まった、日本における猫飼育の考え方。

完全室内飼育を求める声は確実に高まっていますが、
その過程においては、現状を認めながらも徐々に空気を変えていく、器量の大きさも求められるでしょうか。

某国営のテレビ局では、
日本や世界各国で外を闊歩する猫たちを映し続ける番組が、長年にわたって放送されています。

これもまた「しばらくは許容すべき矛盾」の1つではないかと、私は思うのですが。

愛猫たちの幸せ、そして猫と暮らす人たちの幸せのために。

実態を伴うまでには、まだまだ時間がかかります。
いや、時間をかける覚悟が必要だと思います。

 

松尾 猛之(まつお たけし)

ねこライフ手帳製作委員会委員長。1級愛玩動物飼養管理士。
webライター、ペット用品メーカー勤務などを経て、2019年2月に愛猫のための生涯使用型手帳「ねこライフ手帳 ベーシック」を発売。手帳の普及を通じて、人間が動物との暮らし方を自発的に考えていくペットライフの形を提案している。自宅では個性的な保護猫3頭に振り回される毎日。