コラム:今日も、猫に学ぶ。(4)

後輩猫 コラム

寂しさを乗り越えた茶白少年 ~ 前編

たま胡(前回参照)はその後もマイペースで神経質な性格は変わらないものの、「ここは安全な場所で怖い人もいない」ことを理解してからは、よく食べて寝て遊び、のびのびと我が家の暮らしを満喫していました。

でもたまに、じっと窓の外を眺めて何かを探していたり、テレビに猫が映ると反応して画面に近寄ったりなど、どこか物足りなさを感じる時もあるのかな、と思うこともありました。

2頭目の猫。つまり、たま胡の弟か妹を迎え入れること。

人間目線の「猫が増えて楽しいね」ではなく、既にこの家にいる愛猫の目線に立つことも忘れてはいけない思案となります。

あくまでトライアルは必要ですが、この家に慣れて心も落ち着いてきた今なら、後輩猫を迎え入れることでたま胡が「いいお姉さん」となってくれるのでは、という期待を私は感じていました。

現状維持でも、変化をつけても、たま胡にとって「良いこと」なのであれば、前に進もう。
2度目の譲渡会に臨んだのは、たま胡が我が家に来て3年後のことでした。
ボランティア

◆事前の資料で目に入った、はーちゃんという名の子

今回の譲渡会では主催団体から、参加する猫たちの情報を事前に入手することができました。

猫の画像はもちろん、年齢、性別、柄の記載もあり、自分の家に合いそうな子のお目当てを考えておくことができる、とても親切な配慮でした。

保護猫のリストを見て、「この子、どうかな」と、私と妻の意見が合った1頭の猫がいました。

推定年齢は、たま胡より1つ下。床からカメラのレンズを見上げる顔がかわいく写っていて、小柄に見えた茶白柄の男の子。
ボランティアさんの家では「はーちゃん」という名前で暮らしているといいます。

なんとなくおっとり、のんびりした雰囲気で、幼げな感じ。

この子ならたま胡が良い教育係として面倒を見てくれそうだと感じた「はーちゃん」を弟の候補として、我々は譲渡会に向かいました。

……念のためもう一度書いておきますが、譲渡会前に見た画像では、小柄に見えたのです。
猫 譲渡会

◆ボランティアさんいわく「してやったり」

迎えた譲渡会当日。

会場は整理券が配られるほど多くの来場者となり、面会時間も短く設定されたため、とてもすべての猫たちをじっくり見られるゆとりがない状況でした。

よって我々も「はーちゃん」に的を絞ろうと考え、開場まもなく、お目当てのはーちゃんがいるケージに向かっていきます。
迷うことなくたどり着いた、「はーちゃん」という札が貼られたケージ。

しかしケージの中にいたのは、どっしり貫録ある体型をした猫。

思わず私は、ケージの奥にいたボランティアさんに言葉を出してしまいました。

「写真で見た小柄な感じとは違いますね。おデ……いや、立派な体の猫で」

すると、ボランティアさん。

「見上げるアングルで写したら小さく、かわいく見えるんですよ。してやったりのテクニックです(笑)」

はーちゃんのあまりの恰幅の良さと、ボランティアさんの撮影技術に一瞬たじろいだ我々でしたが、これもご縁だと思い、はーちゃんが保護されて譲渡会に出るまでの経緯をボランティアさんから聞くことになりました。
保護猫

◆棄てられ、放り出されたのは危険な場所だった

はーちゃんが保護されたのは、前年の秋。

東京のど真ん中、皇居や東京駅からも程近い日比谷公園の敷地内でした。

日比谷公園がある東京・千代田区内では、日々の保護活動やパトロールによって、飼い主のいない猫の保護については概ね完了したという状況にありました。

よって見慣れない猫、さらに大人の体つきをした猫がいたら、極めて高い確率で外から持ち込まれた、つまり「棄てられた猫」という見立てがついたそうです。

夜中は人目につきにくい場所であることから、日比谷公園にそっと猫を棄てて逃げてしまう案件は多いといいます。よってはーちゃんも、飼育を放棄した元の家族が置き去りにして逃げたのではないかと推測されました。

場所柄、知らない人の目にたくさん触れたと思います。ごはんをもらうこともあったでしょう。

でも夜は、ひっそり静かな暗闇が支配する場所。心細い気持ちになるだけでなく、危険も多い環境です。何より一歩でも敷地の外に出てしまえば、常に交通の往来がある広い車道が待っています。

はーちゃんは広い日比谷公園の中を、少なくとも1~2か月はさまよっていたようです。保護されたのは本格的な冬が来る前。それも都心に強い寒波が来る直前に見つかったとのことで、あと数日遅かったら、はーちゃんの命もどうだったか分からなかったそうです。

◆願いを込めた命名は「胡ぶへい」

人慣れは問題なく、というか慣れすぎているほどだったそうで、「ごはんと人間が大好きな猫」として、はーちゃんは新しい家族を待っていますよと、ボランティアさんは言います。

とても愛嬌のあるはーちゃんの姿は、ケージの中でとにかく怯えまくっていた3年前のたま胡とはまるで違う自然体ぶりで、何も臆することなく丸い黒目をさらに黒々と輝かせ、我々を……ではなくどこかをほわーんとした朗らかな感じで見ておりました。

でも、はーちゃんは、

信じていた人間から棄てられるという裏切り、そして酷い仕打ちを受け、何も分からない都心の公園をさまよい続け、それでも生き続けたことで別の人間に助けられ、またどこかの人間と家族になるために、今この場で出会いを待っている、どこまでもけなげな猫。

たま胡との相性については、実際に迎え入れてみないと何ともいえませんが、我が家には馴染んでくれそうな雰囲気がありました。

でも何より、譲渡会に至るまでの日々をボランティアさんから聞いて、我々の「この子にしよう」という直感から運命が始まっていたのかもしれません。

この気持ちを途絶えさせるわけにはいかない。ここまで話を聞いてしまったら、もうほっとけない。かくして我々は、はーちゃんを我が家に迎え入れるべく、トライアルを申し出ました。

今度こそ、喜びあふれる毎日を。そして平穏無事な毎日を。

たま胡と同じ「胡」の漢字を使って、付けた名前は「胡ぶへい」。
後輩猫

擬人化すれば落語家になっても良さそうな三枚目の風貌から、似合っている、似合いすぎていると、多くの方からお褒めを頂戴する命名となった
「はーちゃん改め胡ぶへい」は、
譲渡会から約1ヵ月後、ボランティアさんの手によって我が家にやってきます。

先住猫であるたま胡は、さすがに寝床に隠れたまま出てきませんでしたが、胡ぶへいはずっと穏やか、朗らかなまま、我が家で用意したケージに収まり、譲渡会と同じ黒々とした目で家の中をしげしげと眺めていました。

このままのんびり過ごしてくれれば、たま胡も近づいてきて、仲良くやってくれるかな。

ボランティアさんが帰られた後も、鳴くどころか動揺すらもなかった胡ぶへいの姿を見て、すっかり安堵の気持ちへと傾いていった我々でした。

しかし、胡ぶへいの本当の心中を知ることになったのは、その日の夜。

リビングの明かりを消した後のことでした。

(次回へ続く)

松尾 猛之(まつお たけし)

ねこライフ手帳製作委員会委員長。1級愛玩動物飼養管理士。
webライター、ペット用品メーカー勤務などを経て、2019年2月に愛猫のための生涯使用型手帳「ねこライフ手帳 ベーシック」を発売。手帳の普及を通じて、人間が動物との暮らし方を自発的に考えていくペットライフの形を提案している。自宅では個性的な保護猫3頭に振り回される毎日。